【書評9】
飯田耕二郎『ホノルル日系人の歴史地理』
A5判、202頁、本体3,800円(税別)
ナカニシヤ出版、2013年発行
ISBN978-4-7795-0745-8
▲『ホノルル日系人の歴史地理』
現在、多くの日本人観光客がホノルルを訪れる。しかし、戦前まで多くの日系人がそこで生活していたことを知っている人は少ない。リゾートホテルやコンドミニアムの多く集まるワイキキの、アラワイ運河を越えたすぐ山側の、「モイリリ地区」に日本人町があった。チャイナタウンのすぐ傍らの、今はガランとしているアアラ公園の周辺が日本人街で、多くの商店や旅館、映画館などがあり賑わっていた。またイオラニ宮殿のすぐ近く、カワイアハオ教会の裏手「カカアコ地区」には日系人漁業者が多数住んでいた。現在は空き地や倉庫になっていて、この場所に日系人が住んでいたことは想像もつかない(あとがき)。 わが国におけるこれまでの移民の研究は、社会問題・文化交流史の視点から社会学・経済学・民俗学・法学・人類学・文化人類学などで報告されてきた。特に近年は統計データを用いた、外国人労働者の受け入れ課題や、移民者の人権問題などの研究が盛んである。
統計データや記録を用いた計量的研究は、移民研究者間では従来から多く実施されてきた。わが国では日本移民学会、立教大学ラテンアメリカ研究所、琉球大学移民研究センターなどに、この研究領域で多くの蓄積がある。
このような移民研究の潮流の中で、本書の特徴は「歴史地理学」の手法という点で、従来になかった新たな研究成果であるといえる。すでに氏は同じナカニシヤ出版から2003年に『ハワイ日系人の歴史地理』という単著を出版されている。前著がハワイ全体の日系人移民を扱った総論とすれば,本著はホノルルの日系人に焦点をあてた各論である。
飯田氏は何度も現地を訪問し、フィールドワーク(資料収集・聞き取り調査など)を詳細に行い、当事者(移民者の子孫・移民日系二世など)から「一次資料収集」を精力的に行ってきた点である。
いうまでもなく日本語を理解でき自らの体験を語れる一世・二世の世代は、時代とともに「消え去る運命」にある。このような状況で聞き取り調査を行い、古地図・住所録・人名録・広告などから、日系移民社会を歴史地理学的に「復原(地図作成)」を試みている本書は、移民研究としてはユニークであり、将来に貴重な記録資料となる。
構成(目次)は以下の通りである。
第1章「エスニック構成とその変容」では、1910~40年の国勢調査から民族グループの実態を明らかにしている。第2章「アララ地区における日本人街」および第3章「モイリリ地区における日本人町」では、日系人の集中する2つの地域についてその歴史的・空間的な変遷を、時代の異なる「地図」を用いながら考察している。
第4章「近郊農業地区マノアにおける戦前の日本人」および第5章「日本人漁業」では、日系移民の特色を農業・漁業という産業に視点を当て論考している。就業という点では、第7章「日本人旅館の変遷」は精力的に何度も現地(ホノルル市とその近郊)を歩き、聞き取り調査を含め地域に根ざした研究成果といえる。
こんな中でとりわけ注目すべきは、第6章「山口県沖家室島出身者」で、移民出身者を数多く輩出してきた一つの地域に焦点を当て、その時間的・空間的な手法から移民の実態を明らかにした研究である。
本書には豊富な地図(14枚)が掲載されている。これも従来の移民研究では軽視されてきた点である。歴史地理学では「空間復原」をその手法とするため、「過去の空間を地図上に復原」することが目標になる。
このように本書では様々な方法を用いてホノルル市とその近郊における空間復原を試みている。本書で作成された日系人居住地区「分布地図」は、移民研究の領域のみならず今後様々な分野で、多くの研究者に貴重な資料を提供している。とりわけ図2-1「1911年衣商店街分布図」(21頁)、図2-2「1914年頃のアララ地区」(22頁)、図2-3「1927年頃のアララ地区」(25頁)、図2-4「1920年代~30年代の商店分布図」(26頁)は、歴史地理学の手法=「空間復原」を見事に実現した分布図であり、筆者の詳細な現地調査と研究姿勢が反映されている。
地図以外にはホノルル地方新聞・年鑑・雑誌などに掲載された「広告」(53枚)も本書に収録されていて、特に日系人経営旅館・ホテルの広告は貴重な「一次資料」として本書出版の価値を高めている。
さらに巻末には、商店名を数多く含む「事項索引」の他に「人名索引」が設けられ、日系移民関係者、218人におよぶ「人名」が掲載されている。これらは全て今後「移民研究」を始めようとする、学生・院生・若手の研究者には大変役立つ貴重な資料になると考えられる。ハワイにおける移民研究者のみならず、日本とハワイの関係を知りたい人に勧めたい一冊である。
(大阪商業大学教授 西岡尚也)