【書評7】
藤岡換太郎『山はどうしてしてできるのか-ダイナミックな地球科学入門-』
新書判、240頁、本体880円(税別)
講談社、2012年発行
ISBN978-4062577564
▲『山はどうしてしてできるのか
-ダイナミックな地球科学入門-』
近年トレッキングや登山がブームであるが、ぜひ多くの方に自分たちが踏みしめて歩く大地、そして登る山がどのようにできたかに関心・興味を持ってほしい。
本書はこんな若者から中高年の「登山者」や「山ガール」にも気軽に読んでもらいたい一冊である。なぜなら山についてのみ語るのではなく、地球全体の視点=空間的視点と時間的視点から記述されている。きっと私たちが日常、何気なく生活している大地=地球の見方を、大きく変え、人生を豊にしてくれるだろう。
素朴にして深い疑問=「山ができる理由」は、古来から地質学者たちの大きな論争のテーマであり、そこには地球科学のエッセンスが詰まっている。
著者で本会の会員でもある地球科学者の藤岡氏は、海洋底が専門で、潜水調査船「しんかい6500」に51回乗船し太平洋・インド洋・大西洋の三大洋の潜航を達成している。このようなユニークな体験に基づく発想=「海から山々を見る」視点(23頁)」が本書には至る所に存在する。
特に章立て(目次)は登山に例えて「準備運動」から始めて「一合目」「二合目」と進んでいき、最後に「全体を見渡す」=結論=頂上に到達するという工夫がされている。読者はこれに導かれ、楽しく読み進むことが可能である。構成(目次の抜粋)は次のようになっている。
準備運動:世界一高い山はエベレストか、目に見えない世界最高峰…
一合目:山を見るための4つの視点、地上から・海から・宇宙から…
二合目:山の高さとは何か、海の中の山はどのように測るのか…
三合目:論争の夜明け、地球収縮説・地向斜造山運動説…
四合目:大陸は移動する、ウェーゲナーの革命的発想…
五合目:プレートとプルーム、プルームテクトニクス:地球科学の最前線…
六合目:山はこうしてできる、①断層運動・付加体・大陸衝突…
七合目:山はこうしてできる、②火山活動・アンデス山脈が高いわけ…
八合目:山はこうしてできる、③花崗岩・蛇紋岩・石灰岩の山…
九合目:日本の山の成り立ち、すべては「板」と「煙」から…
十合目:プレートの循環・山の輪廻、地球も「さざれ石」…
タイトル「山はどうしてできるのか」の結論は、六~八合目(①~③)に整理されているが、いきなり六合目からチャレンジできるのは普段から体を鍛えてきた人である。通常は準備運動を含め「トレーニング」=基礎力の養成を経なければならない。これは何も登山に限らず、趣味・スポーツ・学問・研究などどんな分野でも当てはまるのである。
ここには著者の暖かい心遣いがあふれていて、読者をいつの間にか学問の世界へと引っ張ってくれている。この点本書は最先端の学問を「一般に啓蒙する」という趣旨を見事にはたしている。評者の知る限り地球科学の入門書としては、他に類を見ない良書である。
著者が本書の中心において、力を入れて詳細に述べているのは、地向斜造山運動論に変わって出現した「ウェゲナアーの革命的発想=大陸移動=プレートテクトニクス」である。発表当初は注目されず一旦は「消滅」したこの学説が、後になって「復活する」という、ドラマに読者は引き込まれてしまう。
もう40年近く以前になるが、評者が中高生時代「地向斜」「アイソスタシー」「大陸漂移説」などを理科(地学)の授業で習った記憶があるが、当時は十分に理解できなかった。今回本書によって「プルーム(煙)理論」を知り、40年ぶりに頭の中が「スッキリ整理」できた気がする。
歴史的に見ると一旦は「敗北した大陸移動説」であったが、やがて後発のマントル対流説(79頁)と地磁気の研究=「極移動の軌跡(83頁)」の研究が進展し、ウェゲナーを苦しめた大陸移動の原動力と、移動そのもののバックアップからの証明が可能になる。
この一連の流れは、私たちに「科学」のおもしろさと、希望を与えてくれる。そして九合目で「全ては板(プレート)と煙(プルーム)から」が結論といえる。プレートテクトニクスは聞いたことがあるが、プルームは初めての読者も多いだろう。このような最先端の理論が用いられているのもありがたい。
学校現場では「理科離れ」が危惧されている。また高校社会科では「地理選択者」が30%を切っている。その一方では「情報洪水」に流され、一体何が大切なのかを見失ってしまうことが起きている。私たちの住む地球に関心を持たずに「地球規模の課題」を解決するのは困難である。
本書には合計85にもおよぶ図表・写真が豊富に掲載されて、読者の理解を手助けし、その出典も巻末に明記されている。これらは81の参考図書一覧とともにさらに理解を深めたい読者には大変重宝である。とりわけ巻末(十合目)の図10-1「山のでき方」絵図 には、総括として本書で記載された「でき方」の全てが、1枚の絵図に描かれている。この1枚の図には本書のエッセンスが全て盛り込まれている。読者はこの1枚の絵図で、内容全体を振り返ることができるように工夫されている。
他の図表もさまざまな表現の工夫に満ちている。これらは十分に読者の理解を助けることになる。とりわけ教員にとっては、各図表の出典も巻末に明記されてそれらを参考にして授業で使用することにより学習者に「わかりやすい」授業の実施に結びつくだろう。さらに巻末の索引も充実していて学習者の助けになる。著者の読者への配慮に敬意を表したい。
最終的に十合目の説明は、デービスの地形の輪廻で終る。自然科学も仏教の「輪廻思想」に行き着くという。星が生まれて死んで爆発し、飛び散る星のかけらでまたあたらしい星が生まれる(227頁)。万物は生成と消滅を繰り返すのであり、インドには1ブラフマ=約87億年とうい時間の単位で、宇宙創造の神様が寝起きを繰り返すという考え方がある。こんな繰り返しの中に地球があり、大陸があり、山がありそして私たちがいる(228頁)。
ここには著者のたどり着いたゴール(人生観)が記載されている。かつてカントやフンボルトの時代には、空間・宇宙・景観そのものを学問の対象とした。当時の学問は現在のようにまだ細分化されず、当然人文科学(文系)・自然科学(理系)などと分割されていなかったのである。
私たちの生活する地球を知ることが実は「人生」について考えることである。最終的に「輪廻」に至った本書はその意味で「哲学書」でもある。読者は「山の一生」「地球の一生」「宇宙の一生」に思いをはせ、自身の人生を考えることになるのである。
本書は専門用語・難解な表記をなるべく避け「ですます調」で書かれていて、一般社会人・中高生にも大変読みやすい。これから地球科学(地学・地形学・自然地理学など)を志す若い皆さんに、さらに登山や山歩きを趣味とする人、そして自分たちが踏みしめている「大地=地球」に関心を持つ多くの方に、本書を勧めたい。(沖縄地理第12号を一部修正し転載)
(大阪商業大学教授 西岡尚也)