【書評6】
原眞一『写真地理を考える―a photograph Notebook』
A4判、150頁、本体2,000円(税別)
ナカニシヤ出版、2012年発行
ISBN978-4779506284
▲『写真地理を考える』
自称「FHGの写真屋さん」こと原眞一氏が、その地理教育の教材として写真を活用した魅力的な本を出版された。地理写真を、地理的技能としての写真、地誌と写真(世界、日本)、主題(テーマ)写真、風景・風土的写真の4種類に大別して、全編写真を中心に、写真の解説と各章のねらいが文章で綴られている。立命館大学で地理学を学び、同学年約60名のうち3分の1が中高等学校の教員になった時代に愛知県で高校教員に採用された。生徒を野外に連れ出し地域調査を指導していった熱血教師人生を前半とすれば、後半はニューFHG20年の歩みと重なる。ニューFHGにおけるほぼすべての国内・海外の巡検で、集合写真のみならず、スナップショット、風景、街角のひとびとを撮り続けてこられた。
氏は研究分野としては港湾や離島が中心であったが、写真は40年間の撮りためてきたものから厳選して、いろいろな大学での地誌等の教科書としても利用できるよう、テーマや地域のバランスが配慮されている。写真はモノクロ主体だが随所にカラー写真もまじえ、いっしょにFHGで巡検に参加された会員ならば、ページを繰るたびに、懐かしい思い出が走馬燈のように蘇ってくるだろう。
地理写真に関しては、東京在住の故・石井實氏が地理的事象を写真でどう読み解くかを景観・風景論の理屈や理論もまじえて示された著書・作品集を出版されている(『地理写真』古今書院、1988、『地域を写す―石井実地理写真集』古今書院、1974、『地と図―地理の風景 石井実地理写真』朝倉書店、1989、『東京 写真集・都市の変貌の物語 1948~2000 TOKYO』KKベストセラーズ、2002など)。ただし、自らは学校現場で長らく教鞭をとられていたが、地理教育への言及はさほど多くはない。日本地理学会の学会に出席された多くの研究者の写真をとり続けた功績も大きい。
それに対して原氏の「写真地理」は、本書の序文で山田誠前会長が外国写真の多さとカラー写真の掲載に加えて、高校や大学での地理(学)教育での利用が強く意識されていると的確に特色を指摘している。ふたつの地域を比較しながら写真を提示し、地誌を組み立ていくさまは、地理学の幅広い目利きと、その地域をつなぐ糸をしっかりと見据えておられた氏の精進の賜である。北海道夕張と長崎県高島の写真を旧産炭地域として比較する、計画都市・首都移転をキャンベラ(オーストラリア)とプトラジャヤ(マレーシア)から考える、環境保全をイギリス湖水湖地方と紀伊田辺の天神崎を対照させ、リバーフロントを大阪中之島と小倉の紫川を比較するなど、その柔軟な選択眼は自在に世界と日本を駆けめぐる。
スキルとしての写真(第3章)は「写真を読む=読写力」を研ぎ澄ますための手法を示す。単写真の景観から何が読み取れるか、1枚の写真から大都市の新旧の景観を読む、撮影時期の異なる写真を提示して地域の変貌を読む、2枚の写真から共通テーマを設定する、対照的な生活環境を2枚の写真から考える、写真と地形図、案内説明版を併用する、組写真から暮らしを読む、文学写真の景観描写から地域性を想像する、の8つのスキルを提案している。写真はすべて現実や事実かというとそうではない。撮影者の意思や作為がはっきりと表れている。とりわけ組写真やそのキャプション、写真集は再構成によって撮影者の主張がある。報道写真を読む倫理をフォト・リテラシーとして論じた今井映子氏は写真と歴史認識の関係を問題とする(『フォト・リテラシー―報道写真と読む倫理』中公新書、2008)。
この顰みにならえば、地理写真では写真と地域認識の関係が問題とされなければならない。地域認識が従来の定説・通説にまどわされていないかという疑いは何時も拭えない。生徒・学生のいまだ先入観のない目による指摘や発見は、教師にとっても新たな気づきの場になる。この本を使った大学での受講学生の反応は、還暦をすぎた筆者の若返りの素材となるだろう。
多くの写真を掲載しながら、価格を抑え、心地よい手触り紙質の本に仕上げられたナカニシヤ出版のセンスの良さも光っている。
(ニューFHG会長、関西大学教授 野間晴雄)