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【書評8】


島方洸一企画・編集統括『地図でみる西日本の古代-律令制下の陸海交通・条里・史跡』
 編集委員-金田章裕・木下良・立石友男・井村博宣

B3版、296頁、本体12,000円(税別)、平凡社、2009年発行
ISBN978-4-582-46702-4


島方洸一企画・編集統括『地図でみる東日本の古代-律令制下の陸海交通・条里・史跡』
 編集主幹-立石友男、同委員-金田章裕・木下良・井村博宣・落合康浩

B3版、312頁、本体14,000円(税別)、平凡社、2012年発行
ISBN978-4-582-46703-1


地図でみる西日本の古代
▲『地図でみる西日本の古代
-律令制下の陸海交通・条里・史跡』

地図でみる東日本の古代
▲『地図でみる東日本の古代
-律令制下の陸海交通・条里・史跡』

 本会会員である、木下良先生も編集委員のお一人としてご尽力された書物(アトラス)である。収録範囲は、

 『西日本』
畿内・山陰道・山陽道・南海道・西海道(ただし、日向・大隅・薩摩を除く)および東山道の近江・北陸道の若狭の各国

 『東日本』
上記以外の東海道・東山道(近江を除く)・北陸道(若狭を除く)の各国

 キャッチフレーズに“1000年前の日本の姿を100年前の地図でみる”とあるように、1880~1910年代に発行された陸地測量部50,000分1地形図初版(90.91%に縮小)を基図として、延喜式(927年公布)時代の歴史的知見を加刷した、いわばアナログのGISである。①交通路としての駅路・駅家 ②行政府としての宮都・国府 ③行政界としての国界・郡界と国名・郡名 ④条里制の施行地域の条里などをオーバーレイ、さらに⑤古代の寺院・神社・城柵・港津 および⑥国指定の史跡・特別史跡 などの地物をロゴ表示している。その上、陸地だけではもの足らぬと、瀬戸内海や日本海の海図まで添えられている。まさに日本古代の歴史地理に対する至れり尽くせりのアトラスである。特に、『西日本』収録の参考資料「古代『延喜式』の郡名・郡界一覧」図は他に類をみない作品である(ただし、東生郡と百済郡が摂津国でなく河内国に線引きされているのはなぜであろうか?)。『西日本』は2010年3月に日本国際地図学会の作品賞を受賞した。
 国郡制や駅制は、大宝令(701年公布)により法的整備がととのったが、本書の基準とする延喜式時代とは220年余りの年代差があり、その間の変遷もはげしい。本書はこの間の古いものもできるかぎり採録したという。
 基図の50,000分1地形図はモノクロであるが、駅路や国府は赤色系、行政界は緑色、条里地割残存地域は黄色などにぬりわけられた総カラーで、コントラストもはっきりし、見開きB3は一覧性もすぐれている。ただし携行するには大きすぎる。
 序にも本書の編集には相当の作業量を要したとある。作成上の苦労は、なによりも駅路・駅家・国府などの比定であろう。近年は考古学の技術が進歩し文化庁の史跡認定個所もふえてきた。そうはいうものの、まだまだ不確定の個所、異論ある個所は多い。それをまとめていく作業は並大抵の努力ではなかったと推察する。

1.駅路
 古代の駅路が、きわめて道巾の広い直線道路で、全国(68ヶ国)にひろがるネットワークを形成していたこと、駅路と駅家の分布は現代の高速道路の路線とインターチェンジの分布に類似していることがわかってきた。この発見は元日本道路公団の武部健一氏の実体験によるところ大で、その研究成果は『古代の道』『続 古代の道』としてまとめられている。実は武部氏と木下先生とは、お二人で駅路跡地のほとんどを実地踏査しておられるのである。それが本書での駅路の選定にも役立っていることには間違いない(余談ながら評者は、駅路の重要性は人・物の輸送機能というよりは通信機能にあったと考える。古代の緊急通信は、のろしを別として人が文書を早馬で運び継ぐ(逓送)しかなかった)。駅路研究ももちろんその途上にあるが、図上の表示は実線を原則とし推定部分を破線としている。ちなみに『西日本』と『東日本』に共通する図郭の「敦賀」を比較すると、両者の表示が一部異なる。これは3年間のタイムラグによる成果をふまえての修正とおもわれる。

2.国府
 全国の国府(国庁)の所在地を網羅した書物としては、本会創始者の藤岡謙二郎先生のご著書『国府』が、いまや古典的名著(いかなるわけか尾張国を欠いている)といえる。歴史地理学の手法により国府所在地を推定しておられるのだが、当時はほとんどが想定の域をでていなかった。その後の知見により、藤岡先生の想定が当たったところ、間違っていたところがあって今昔の感がある。本書には10世紀を基準として、一応、全国の国府が採録されている。8世紀(大宝令)から10世紀(延喜式)の間の国府の遷移については、判明する範囲において新旧の順位をつけて併記されている。ただし、摂津国の各期ならびに大和国の後期の高市郡にあり(和名抄)とされる国府については、位置不明として採録されていない。

3.境界と地名
 境界(国界・郡界)は旧版地形図時代のものを使用し、郡名は延喜式(民部・兵部省)の記載にしたがっている。古代の境界はそれこそ当時の地形図でもでてこない限り詳細はわからない。合併特例法新法(2005年4月施行)により市町村合併が促進され、一般の地図からは郡界がほとんど読み取れない現状においては貴重な資料である。基図に旧版地形図の初版をもってきたことで年代的な統一もとれている。

4.発行の経緯
 もともとは『西日本』のみで完結する予定であったが、要望が多く『東日本』も追加された。「『東日本』は『西日本』よりも進化させたもの(立石編集主幹)」と伺う。つまり本書が歴史地理専門家のみならず周辺の研究者や一般地理愛好者にも読者層が広がっている事実を反映し、『東日本』では解説を多く挿入した。この他 ①『西日本』は右縦組であるが、『東日本』は左横組とした(西日本は畿内を起点とする地形図配列から右縦組としたとのことだが、こちらも左横組の方がよかった) ②七道の区分のうち坂東と奥羽とを東海・東山道とは別見出しとした(坂東では駅路を含まない図郭も採用し、駅路に絞るという基本方針からはやや逸脱しているが、首都圏の読者を念頭においたものであろう) ③国分僧寺・尼寺、輪中堤などの凡例記号の追加 が両者の違いである。
 木下先生は本書の編集に精魂を尽くされたとおききしている。数年前まではFHGの巡検でおみかけしたが、ご高齢のため今では参加は困難との由である。
 「土地に刻まれた「日本の古代」を地形図上に復元したい」という企画・編集者の目的は十二分に発揮されたということを、本書作成に関与した各位にお伝えしたい。
 本書2冊により全国が完結したといいたいところだが、『西日本』で割愛された日向・大隅(多祢をふくむ)・薩摩が脱落してしまった。採算をとるのが困難ではあろうが、なんとか、この三国の印刷図だけでも追加発行して欲しいものである。

5.おわりに
 国土地理院の地形図は電子国土基本図へと転換し、2013年には電子地形図25,000が全国整備される予定である。本書のデータの上に現在の地形図を重ねることができれば更に有用な地理情報が得られるわけで、そんな時代が来るのが楽しみである。
 大冊のため価格は少々高く思えるのだが、仮に本書に収録された旧版地形図を全部購入したとすれば、本書の定価をはるかに超えてしまうわけで、コストパフォーマンスは優れている。本書は大型書店の店頭でもなかなか見かけないので、手にとってみる機会がすくないが、本書評によりそのすばらしさをご理解いただいて、みなさんが座右に備えていただくことになれば、評者としても喜びである。

(参考文献)
藤岡謙二郎『国府』吉川弘文館、1969年
木下良『国府-その変遷を主にして』教育社、1989年
木下良監修、武部健一著『完全踏査 古代の道–畿内・東海道・東山道・北陸道』吉川弘文館、2004年
木下良監修、武部健一著『完全踏査 続古代の道–山陰道・山陽道・南海道・西海道』吉川弘文館、2005年
木下良『事典 日本古代の道と駅』吉川弘文館、2009年
島方洸一・立石友男「[地図でみる西日本の古代-律令制下の陸海交通・条里・史跡]について」『地図-空間表現の科学』47-2、2009年
島方洸一・立石友男「旧版地形図で見る濃尾平野における古代の開発と輪中」『地図-空間表現の科学』50-3、2012年

(地理の会・日本国際地図学会 栗田好明)