トップページ > 読みもの > 書評5

【書評5】


辰己勝・辰己眞知子著『図説 世界の地誌』

B5判、194頁、本体2,800円(税別)

古今書院、2012年発行

ISBN978-4772241557


図説世界の地誌
▲『図説 世界の地誌』

 本会の幹事で、企画から運営まで常に深く関わられてきたご夫妻の共著による地誌に関する書物がでた。1991年、初代会長の樋口節夫先生のもとで野外歴史地理学研究会(ニューFHG)が再出発して以来、ご夫妻はほとんどの海外巡検に参加され、巡検後に発刊される文集などにも執筆された数多くの論考の成果が取り入れられている。あとがきにもあるように、いわばお二人の野外歴史地理学研究会で培われた蓄積がうかがえる書物である。長年お二人とともに巡検に同行された諸氏にはとくに興味深く面白いものになっている。さらに言えば、ご夫妻の1975年の結婚以来の海外研究の集大成ともいえよう。

 本書の構成は10章からなり、世界の諸地域を大きく8つの地域に分け、日本をはじめ30を超える国や地域が記述されている。最初の第1章には、「世界の自然環境・人文環境」で地誌学を学ぶうえでの基礎的な概説と、最後の第10章には「21世紀がめざす地理学」で環境問題の克服など地理学がめざすべき指針等がまとめられている。

 もともと本書は、大学での教職課程や教養科目の地誌のテキストとして書かれたものであり、その前身が『自然環境論(地理学)』(近畿大学通信教育部テキスト、2007)である。ご両人とも高等学校での地理教師としての経験が長いため、将来、教職をめざす受講生にバランスのよい世界地誌の基礎知識を教授することを最優先にコンパクトにまとめられている。ただし、勝氏が専門とする自然地理的分野(とくに地形学)、眞知子氏が専門とする文化地理学的な記述が豊富である。他の類書と比較して自然地理学的な内容も充実しているが、これでもこの分野が食文化等に関する記述の大幅な増量によりかなり削られたと「あとがき」にあるから驚きである。なお、割愛された部分は、勝氏により本書の続編ともいうべき自然地理学のテキストの作成が検討されているという。

 地域の記載の最後や章末など、随所にコラムが設けられ、著者たちのそれぞれの地域への思いが伝わり、本書を読み物としてもユニークで面白いものにしている。また、巻末には参考文献が付され、さらなる学習の手引きとすることができるように配慮されている。筆者らが編集委員になって本会が出版した『世界の風土と人びと』、『シネマ世界めぐり』(いずれもナカニシヤ出版)の図も各章で取り上げられている。

 世界のほとんどの地域を網羅しているが、他の同類の地誌に関する書籍ではあまり扱われない南アジアやアフリカ・カナダ・メキシコなどに関する記述が詳しい。その一方で惜しむらくは、東欧・ロシア・ラテンアメリカなど著者たちが訪問していない地域の記述が少ないことである。とくに、あとがきにも記されているようにロシアが抜けているのは非常に残念である。これは著者たちが一度は実際に訪れ、その土地の風土や景観に接した土地を主体に扱うという姿勢で、まさに本会の前身の野外歴史地理学研究会を結成した藤岡謙二郎先生の真髄を継承したものともいえよう。今後、研究会でもこれらの地域にアプローチして、地誌の完成度を高めていくことが望まれる。改訂版発刊の際には、それらの地域を加えた完全版ともいうべき本が出版されることを期待する次第である。

(京都明徳高等学校教諭 矢野司郎)