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【書評4】


額田雅裕(解説)・芝田浩子(彩色)『和歌浦の風景-カラーでよむ『紀伊国名所図会』』

A4判、本体1,000円(税別)

ニュース和歌山、2012年発行


和歌浦の風景
▲『和歌浦の風景-カラーでよむ
               『紀伊国名所図会』』

 本研究会会員の額田雅裕氏による『紀伊国名所図会』シリーズの第2弾が出た。このホームページでも紹介した前作の『城下町の風景』は『紀伊国名所図会』に収載された和歌山城下町の代表的挿絵30枚について彩色をほどこし、平易な解説が施された城下町案内記ともいうべきものであった。前作はタイトルにもあるように市の中心部、藩政期の城下域を描いたものであったが、今回は狩野探幽筆「松島 和歌浦 切戸(天橋立)図」にも取り上げられた日本三景の名所でもある和歌の浦(本書では和歌浦と記されている)について紹介されている。和歌の浦は、通常、2010年8月5日に国指定記念物(名勝)に指定された和歌川河口の干潟を中心とした玉津島神社、塩竈神社、鏡山、妹背山、不老橋、片男波などの地域をさすが、本書では高松、雑賀崎や紀伊三井寺も入っている。和歌浦の中核だけでなく、和歌浦からみえる地形や地物も重要な要素で、景観の概念に適合するからだ、そうである。しかしながら、これは著者の独善というわけではない。『和歌浦名所記』などの近世の地誌書類も同様の見解だそうだ。今回も、『紀伊国名所図絵』をもとにニュース和歌山に2010年10月10日から2011年6月11日まで土曜日に毎週連載された原稿に一部修正加筆が加えられて捜絵24枚を中心に一書にまとめられた。やはり彩色は『城下町の風景』から同様、芝田浩子氏が担当されている。

 前回にも若干紹介したが『紀伊国名所図会』は、江戸時代後期の全国的な名所図会刊行ブームともいうべき機運に乗じて刊行された。初編三巻が文化八年(1811)に、翌年には第二編三巻が、城下書肆帯屋(高市志友)によって刊行され、その後、志友の遺志を継いだ代々の帯屋当主によって、第三篇六巻が天保九年(1838)に、後編六巻が嘉永四年(1851)に刊行され、最後に残された熊野編は昭和十二年(1937)に刊行されている。実にこの大事業は126年もの歳月をへて完成にいたったのである。しかも数ある名所記のなかでも『紀伊国名所図会』は白眉と称される。周到な現地調査や寺社の宝物など丹念に調査し、現代にも通用する実証主義的な姿勢が感じられる。西村中和や岩瀬広隆というような当時の一流の絵師に挿絵を描かせている点からも気迫が感じられる。このようなすぐれた原本を利用できたことは、額田氏は幸せである。もちろん、見開き2ページにおさまる各コラム、絵図、写真や地形図の組み合わせ、歴史地理的な視点からの額田氏のアイデアが随所に盛り込まれ、本書の価値をさらに高めている。

 もとより原本である『紀伊国名所図会』には自然景観である山や川、有名な寺社もまったく彩色は施されていない。前回同様に彩色された絵図をみることによって、あらためて和歌浦の魅力を十二分につたえてくれる。地理のご出身らしい著者自身による写真や地形図の挿入なども絵図の解釈をわかりやすくしており、およそ200年前からの風景の変遷をいきいきと今日に伝えてくれるのである。また、「根上がり松 街道のオアシス(01)」、「円珠院 旧海水準を示す猊口石(03)」、「名草浜・浜の宮・琴の浦 浜を二分した川改修(24)」などサブタイトルも前著にはなかった工夫であり、それぞれの絵図が語るテーマをわかりやすくしている。

 欲をいえば、初学者には絵図中に記載される崩し字の本文の文章は初学者にとっては難解であろう。本書が真の意味でも市民の視線で親しめるように、また、別の機会にでも、翻刻されたものが、出版されることを切望される次第である。

(矢野司郎 京都明徳高等学校教諭)