トップページ > 読みもの > 書評10

【書評10】


木下良『日本古代道路の復原的研究』

A5版、576頁、本体14,000円(税別)

吉川弘文館、2013年発行

ISBN978-4-642-04605-3


日本古代道路の復原的研究
▲『日本古代道路の復原的研究』

 本会会員で巡検にもたびたび参加されていた木下良先生は2015年1月逝去された。1922年のお生まれで享年93才。ご高齢とはいえまことに残念である。謹んで哀悼の意を表するとともにご冥福をお祈りします。

 先生は、日本古代道路研究の第一人者で多くの論文や編著書がある。古代(奈良~平安期)の基幹道路である駅路のルート、その中継地点である駅家の位置の比定、さらには、道路と関係の深い令制国の境界、その首府である国府や国衙・国庁の位置の比定等々、そのご研究の成果は歴史地理学の珠玉である。
 木下先生は京都大学において、本会創立者の藤岡謙二郎先生のもとで勉学をされた。
 1972年藤岡先生を代表とする「日本の交通路・駅・港津に関する歴史地理学的研究」への参加が道路研究のきっかけとのことである。
 全国68ヶ国の国府の所在地をその考察とともに一書にまとめられたのが、藤岡謙二郎著『国府』(吉川弘文館 1969年)である。本書のまえがきに「・・・木下良等筆者の若い学友仲間が(中略)研究を進めていることは、喜ばしい・・・」とあるのもほほえましい。
 本書を受けて、木下良著『国府 その変遷を主として』(教育社 1988年)が著された。藤岡先生のご著書から約20年をへている。新書版程度の小冊子でありながら、国府と交通路、寺院・神社との関連など国府研究の要点が網羅されて、国府所在地は巻末に一覧表でしめされている。座右におくべき書であるが、絶版となっている。

 古代道路に関しては、木下良編『古代を考える-古代道路』(吉川弘文館 1996年)がある。千田稔・木本雅康・金坂清則・中村太一・高橋久美二・金田章裕・日野尚志の本会会員にもおなじみの各先生方が五畿内七道をそれぞれ手分けして執筆されおり、当時の研究成果が凝集されている。
 1992年古代道路研究会が結成され、先生は会長に就任されたが、その10年の成果が、古代道路研究会編『日本古代道路事典』(八木書店 2004年)としてまとめられている。
 ついで、延喜式駅路を各国の地図を付して紹介されたのが、武部健一著、木下良監修『完全踏破 古代の道』『完全踏破 続、古代の道』(吉川弘文館 2004年/2005年)であり、木下先生は武部先生を畏友と紹介しておられる。武部先生は元日本道路公団の技術者として高速道路の建設に従事され、高速道路の計画路線の多くが、国府や国分寺の遺跡につきあたるところから、現代高速道路と古代駅路のルートや、ICと駅家の地点が似ておることを発見された。武部先生は実際に延喜式駅路の全線をご自分の足であるかれ、木下先生もその70%程度を武部先生と同道されたとのことである。
 実は、武部健一先生も2015年5月に逝去された。享年91才。この方面の第一人者をお二人とも失ってしまった。ご冥福をお祈りします。

 このあと、木下良著『事典 日本古代の道と駅』(吉川弘文館 2009年)は、木下先生の駅路と国府研究の集大成といえるもので、68ヶ国すべてについて解説とともに路線地図も挿入されている。体裁は異なるものの、藤岡先生の『国府』の後継書ともいえる。近年は遺跡調査の技術的精度が向上し、国府・国庁や国分僧寺・国分尼寺さらには駅家等の所在が確認され、国の史跡指定をうけるところが増えている。本書は、前著『国府 その変遷を主として』から20年、藤岡先生の『国府』から40年をへているわけで、その間の成果が本書にはもられており40年の今昔の感がする。この方面の歴史地理学の愛好家にとっても必読の書である。
 さらに画期的な書物は、木下先生も編集委員のおひとりとして参画された、島方洸一企画・編集統括『地図でみる西日本の古代-律令制下の陸海交通・条里・史跡』『地図でみる東日本の古代-律令制下の陸海交通・条里・史跡』(平凡社 2009年/2012年)で、本書については、筆者が別途書評を書いているのでそちらをご覧いただきたい。

 こうした木下先生の最後のご著書といえるのが、今回紹介の木下良著『日本古代道路の復原的研究』(吉川弘文館 2013年)である。
 本書の性格については、武部先生は、これまた最後のご著書となった、武部健一著『道路の古代史 古代道路から高速道路へ』(中央公論新社 2015年) のあとがきで、本書が、古代の道路史あるいは交通史の参考書の頂点であり、「研究成果というより書名どおり研究方法の開陳あるが、おのずと古代道路研究の最新の状況が一望できる。」と評しておられる。まさにその通りで筆者が付け加えることもないようである。
 木下先生ご自身も「筆者が約40年にわたって実施してきた古代道路の研究法についてまとめたものであるが、中で採り上げている事項の解釈はあくまでも筆者個人の見解に過ぎず、意見を異にする研究者も多いことと思うので、それぞれ読者は納得できる事柄を採用して頂きたい。」と述べてられ、本書の性格がよくわかる。

 本書は序章・終章をふくめ9章で構成されている。項目を要約すると
a. 交通路関係の地名
b. 国府や駅屋などの地方官衙・城柵や烽なの軍事施設・国分僧寺や国分尼寺などの寺社等の施設と交通路
c. 条里と道路
d .行政界や 地図・空中写真による道路痕跡、路線の想定
e. 現地調査の必要性と実例
 に分類される。

 特に、第3章第6項「寺社と交通路」の第1「国分寺とその他の官寺」では国府・国分寺の所在地住所について、全国68ヶ国(多祢国をふくめると69ヶ国)のすべてにわたり言及されており資料価値が高い。
 『日本古代道路の復原的研究』は、その性格から学術書の色彩が濃いので、歴史地理学の研究者ではなく愛好家である野外歴史地理学研究会の会員諸氏には、本書は図書館で読むこととし、本稿で紹介した他の書物を座右に置かれることをおすすめする。
 余談になるが最近、条里制・古代都市研究会(代表金田章裕)編『古代の都市と条里』(吉川弘文館 2015年)が発行された。24人の執筆者によるが、木下先生の論文の引用も散見される。宮都・国府・条里の最新の知見がまとめられおり、これまで紹介した書籍を補足する。

 おわりに、木下先生と筆者との関係を問われれば、著者と読者である。先生にたいし個人的にいろいろ質問して、丁寧なご回答をえていた。その意味での師弟でもある。まだまだおたずねしたい事柄があるのに、かなわなくなったのはまことに悲しいことである。改めて、哀悼の表意とともにご冥福をお祈りする次第である。


 (参考)本稿で紹介した書籍を発行年代順に再録する。
藤岡謙二郎『国府』日本歴史学会、1969年
木下良『国府 その変遷を主として』教育社、1988年
木下良編、執筆者8名『古代道路-古代を考える』吉川弘文館、1996年
古代交通研究会編『日本古代道路事典』八木書店、2004年
武部健一著、木下良監修『完全踏査 古代の道』吉川弘文館、2004年
武部健一著、木下良監修『完全踏査 続古代の道』吉川弘文館、2005年
木下良『事典 日本古代の道と駅』吉川弘文館、2009年
島方洸一企画・編集統括『地図でみる西日本の古代-律令制下の陸海交通・条里・史跡』平凡社、2009年
島方洸一企画・編集統括『地図でみる東日本の古代-律令制下の陸海交通・条里・史跡』平凡社、2012年
木下良『日本古代道路の復原的研究』吉川弘文館、2013年
武部健一『道路の古代史-古代駅路から高速道路へ』中央公論新社、2015年
条里制古代都市研究会編『古代の都市と条里』吉川弘文館、2015年

(地理の会・日本国際地図学会 栗田好明)