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第23回巡検

上町台地となにわの海の今昔

【日 時】 2000年11月26日(日) 巡検ルート地図(別窓で開きます)

【案内者】 山田 誠 天野太郎 木原克司 辰己 勝 藤井 正 正木久仁

【参加者】 88名


 今回の巡検では、上町台地から埋め立てが進むベイエリアの舞洲まで、大阪市内を東西に横断する。時間にすると1300年以上のタイム・トラベルということもできる。

難波宮と大阪城

天守閣から見た大阪ビジネスパーク
▲天守閣から見た大阪ビジネスパーク

 大阪城公園の向こうに大阪城を見ながら環状線沿い(猫間川の旧流路)を南下。玉造付近から上町台地を登り、大阪大司教座聖堂(マリア聖堂)、越中井をかすめて難波宮跡に至る。会としては難波宮跡へは昭和45年にも訪れたことがあり、30年ぶりの再訪ということになる。上町台地北部には石山寺内町や豊臣秀吉による大坂城下町も建設され、大阪の都市史を考えるうえで最重要の地である。上町台地周辺では近年の発掘調査により様々な時代の遺構が見つかっており、昼食会場の大阪市立中央高校にも、改築の際に出土した遺物が若干展示されている。法円坂交差点の北西側では新博物館・考古資料センターが建設中であるが、平成13年度開館予定で、今回は残念ながら見学できず、発掘成果に基づいた新しい歴史的都市像を説明していただくことになろう。また、大阪城へも足を伸ばし、天守閣上からの展望も計画している。天守閣の北側には築城当時の刻印石も多く残っており、一見に値する。

中之島、川口から天保山へ

大阪のウォーターフロント
▲大阪のウォーターフロント

 午後はまず、中之島北岸から川口、九条を経て天保山へ向かう。近世から近代にかけての大阪のウォーターフロントをたどるコースといえ、近代建築や再開発にもふれることができる。中之島では市中央公会堂、日銀大阪支店、大ビルなどの近代名建築を見ながら西進すると阪大医学部跡の空地が出現し、その先には本年4月にオープンした大阪国際会議場(グランキューブ大阪)が威容を見せる。

 中之島西端から端建蔵橋をわたり川口に至る。安治川と木津川が分流する川口には江戸時代には大阪御船手の諸施設が置かれていた。明治に入ると川口に外国人居留地が設けられ、西隣の富島に運上所が、木津川の東、江之子島には大正15年まで大阪府庁が位置するなど、4つの川が交差する一帯は近世から近代にかけて水都大阪の核を形成していた。川口居留地の商人の多くは明治10年頃までに神戸に移り、その後にはキリスト教関係者などがやってきた。府下のキリスト教系の学校や病院には川口を発祥の地とするものが多い。居留地の面影をわずかに残す川口教会は阪神淡路震災で大きな被害を受けたが、立派に復興した。

 天保期に安治川を浚渫した土砂を積んでできた天保山は、大坂への入ロにあたり目印山とも呼ばれてきた。天保山公園はその名残で、日本一低い山として親しまれている。大阪港は明治30年代以降市営港として整備され、大阪の産業発展、都市発展に寄与してきた。しかし、船舶、海運の近代化に対応できず、港湾機能は衰退していった。築港の北側地区には再開発により海遊館やマーケットプレイスなどが立地したが、南側地区にはレンガ倉庫が残り、対照的な景観をなす。

ベイエリアヘ~咲洲・舞洲

 午後の後半は「テクノポート大阪」計画が進行中のベイエリアを巡る。天保山から咲洲(南港)へは海底トンネルを抜け、咲洲から舞洲へは遊覧船「水都」による巡検を計画している。さらに、舞洲からの帰途は阪神高速を利用し、来春オープン予定のユニバーサルスタジオ・ジャパンを車中展望していただく予定である。地上、海上、空中と様々な視点からベイエリア開発を観察していただきたい。

 昭和33年に本格的な工事が始まった南港には、港湾施設だけでなく住宅、学校、業務商業施設なども含んだ都市造りが進められてきた。近年はアミューズメント機能、レクリエーション機能の整備にも重点が置かれ、野鳥園など人工の海岸線を生かした空間利用も進められている。今回の巡検では、コスモスクエアに本年オープンしたばかりの「なにわの海の時空館」を見学する。大阪の海の交流史を基本テーマとする体験型の博物館で、とくに全長30mの菱垣廻船の復元展示には圧倒される。

 舞洲(北港北地区)は誘致が進められているオリンピックの主会場として予定されている。既に各種のスポーツ施設などが完成している。舞洲の南では夢洲(北港南地区)の埋め立てが進行中で、咲洲北部のコスモスクエア、舞洲、夢洲をあわせた計775haがテクノポート大阪の計画区域である。先端技術開発機能、国際交易機能、情報・通信機能の3つの中核機能を中心に、文化・レクリエーション、住宅等の機能を配置しようとするもので、各地区間や都心との間を結ぶ鉄道、道路も整備される。舞洲と夢洲を結ぶ世界初の旋回式浮体橋「夢舞大橋」も既に架橋され、取り付け道路の整備に入っている。

 この後は此花大橋から阪神高速を経由して解散地点、懇親会場のある心斎橋へ向かう。安治川河口、日立造船、住友金属の工場跡地に建設中のユニバーサルスタジオは橋上からの展望になる。

【正木久仁】


巡検報告

09:30 JR大阪城公園駅に集合。山田会長の挨拶と案内者・コースの紹介。
09:42 2台のバスに分乗して、JR大阪城公園駅を出発。
09:52 難波宮跡に到着。大極殿跡をバックに記念撮影。大極殿跡で植村先生より上町台地・上町断層について説明。阪神淡路大震災時に上町台地両側に液状化がみられたこととともに、M7.5の巨大地震の可能性を示唆。天野先生より後期難波宮の発掘史ならびに難波宮遷都前の難波津・難波大道、遷都後の国家施設の集中化(前期難波宮)、天武期における復都制、聖武期の後期難波宮の建設、中世後期における石山寺内町プランについて説明。山田先生より近代における師団司令部など軍用地について説明。
11:00 徒歩で大阪城へ移動し、平成9年に改修された天守閣を見学、展望台で市街を眺望。
12:10 追手門学院の前でバスに乗車。
12:15 大阪市立中央高校に到着。森田(恭)先生より中世の水軍渡辺党による淀川水系支配の拠点「渡辺津」が上町台地の先端に存在したことについて説明された。
12:25 中央高校地下食堂で昼食および総会。原先生より来年春の三河高原方面の巡検について、山田先生より来年夏の北関東・南東北方面の巡検について説明を受ける。
13:21 上町台地を下って松屋町筋でバスに乗車。中央通り・四ツ橋筋を経て中之島北岸を通過。近世の蔵屋敷であったオフィス街を見ながら、川口教会の残る旧川口居留地を経て天保山へ向かう。車中で藤井先生より九条から築港まで最初の路面電車が開通したこと、室戸台風などに対する水害対策として路面の嵩上げが約30年間かけて行われたことについて説明。咲洲トンネルを抜けて南港(咲洲)へ向かう。藤井先生よりテクノポート大阪の核となる咲洲北部のコスモスクエアの計画について説明。ATC・WTCなどの入居状況について言及される。
14:10 なにわの海の時空館に到着し、海中の円形博物館を見学。中心部に復元された菱垣廻船(千石船)が展示され、船の内部を見ることができる。
15:02 バス発車して、渡船場へ。
15:20 遊覧船「水都」に乗船。南港の大型諸施設を海上から見つつ、舞洲へ向かう。
16:15 舞洲南で下船。バスに乗車して舞州のオリンピックの主会場予定地を一周。途中に異様なデザインのゴミ焼却場を見る。此花大橋を渡って、日立造船・住友金属の工場跡に建設中のユニバーサルスタジオ・ジャパン(大阪市が誘致)を高速湾岸線の橋上から見下ろす。心斎橋へ向かう車中で山田会長より閉会の挨拶。
16:57 心斎橋に到着、一次解散。
17:30頃 心斎橋の「龍鳳菜館」で懇親会。39名の参加。山田会長の挨拶に続き、浮田先生の発声で乾杯。盛会のうち終了。